2015年01月 掲載分

上分探検

 毎日見ている前の山 「あの山に登ったらどんな景色が見えるのだろうか?」 そんな興味から持ち上がった上分探検。

 第一弾は、黒指⇒細田⇒赤沢地内の大仁田山⇒東京都青梅市・成木との県境を縦走するちょっとハードなコースでしたが、色々発見があって楽しかったと好評でした。

 今回の参加者は、上分に定住したり嫁いだりして数十年の人、最近上分に住み始めた人、此の地で生まれた子供など総勢9名でした。

【行程の説明】
 1月10日(土)、10時に黒指を出発。 集落を縫う様に山上の畑まで登り、今日回る東京都との県境の山を一望。 山上の畑からはスカイツリーや副都心が望める。


黒指上部の畑から。 上分の西側から南に連なる東京都との県境の山々。
今回この尾根を右側から左端まで縦走した。


黒指から細田に続く尾根道

 杉や檜(ひのき)の樹林帯の気持ち良い尾根道を細田へ。
 「いぼとり地蔵」から細田集落の上部に登ると草原状の広場があり、東京の眺望が楽しめる。

 左からスカイツリー、真正面に副都心と東京タワー、それから右に京浜方面。天気さえ良ければいつまで見ていても飽きる事はない。


「いぼとり地蔵」

 最近お参りした人が、癌が良くなったので、お礼参りに周辺の掃除など色々気遣いをして頂いているとかだそうです。


細田集落の上部に広がる草原状の広場。
草刈りなど良く管理されていて気持ちが良い。


新宿副都心と東京タワー

 東京方面の眺望を楽しみながら樹林に入り、幾つかのピークを巻くと20分ほどで、大仁田山への分岐に差し掛かる。

 右に分かれ、少し登ったところが南高麗山系の最高峰大仁田山505.4mだ。

 分岐から西側は、原市場の赤沢地区の地番になっているが、その昔、博打で赤沢から細田に所有が移って細田の共有林になったと言う話だが、当時は土地を担保にした賭け事が公然と行われていた事になる。

 大仁田山の名前は、頂上直下に湧水が湧いていて、獣の遊び場「ヌタ場」が訛ったと言う説があるが定かではない。

 三等三角点が置かれていて、最近「南高麗まちづくり」が山の名前を刻んだ石標を設置した。

 山林所有者が東側の木を伐採し桧のベンチを作ったので、スカイツリーをはじめ副都心や東京タワーなどの眺望を楽しみながら休む事が出来る。

山頂から、赤沢地内の県道に降りる山道はかなり荒れていたが、最近道標や道の整備をしてくれたので歩きやすくなった。



今回の最高地点505.4mの大仁田山

 大仁田山で、昼食を予定していたが、山頂は陽が当たらず北風が冷たいので、分岐まで戻り、左へ主稜線への道を辿り、近くの陽の当たる雑木林で昼食とした。

 すぐ南側に県境の主稜線があり、右に行くと成木の高水山からの尾根を合わせた黒山を経由して棒の折山に続く。

 上分探検は、主稜線を左に折れ成木尾根を縦走するコースをとった。
 このコースはハイキング道としてあまりメジャーではないので、途端に踏み跡がハッキリしなくなる。

 しばらく進み、檜の根っこで階段状となった急坂を登りきったところが、南高麗地区としての最高地点となるピークで、地図から読み取ると504mあり、右に行くと成木の高土戸(たかっと)へ降りる事が出来る。

 頂上から左へ、小石と落ち葉で滑りやすい急な尾根を慎重に下ると東電の高圧鉄塔(新所沢線)の下をくぐる。

以前は筑波山が見えていたが、ススキと東側の杉が大きくなり、見えなくなってしまった。


 あの震災以降、東電の管理がいい加減になり、塔の下の草が伸び放題となっていている。


 「何兆円もの税金をつぎ込んで、巨大な利益を上げているのにこの管理は何なのよ!」とぼやく声も…。

 小ピークを越え、枝打ちされた杉林を白ペンキに導かれ急坂を下ると、細田林道から成木の高土戸へ抜ける峠道に飛び出す。

 すぐ西側は、40年ぐらい前まで、「かやと」(注1)があった場所で、今は鬱蒼(うっそう)とした杉林に変わっているが、そっと目を閉じると子供の頃ワラビ採りをしていた光景が鮮明に蘇る。

 この道をさらに下ると成木街道(都道53号)に出る手前に、上成木神社(神明神社)がある。


 境内には花道が設けられた立派な舞台のあり、秋祭りには秋川(現、あきる野市)の「二宮歌舞伎」が演じられ賑わったと言う。


(注1) 「かやと」は、茅葺(かやぶき)屋根の茅(かや、ススキ)を刈る為の草原

 東に回り込んだ峠は上分で「水のもと」と呼んでいる場所で、頂上近くに湧水があり、猪の「ヌタ場」となっている。

 道標には「水口峠」と記されているが、もしかすると成木側の呼称かも知れないので確認してみたいと思う。


 峠の頂上に大きな照葉樹と祠(ほこら)があったが、今、祠は無く杉の大木が二本あるだけとなっている。



「水のもと」頂上付近にある道標

 成木尾根に取り付けられている道標には、東の目標地点として安楽寺と記されているが途中、成木・久道(村尾組)の採石場で道が寸断されており目標地点として安楽寺は不向きだと思われる。

 ここから、参加者の体調を考慮して、細田林道に降りる事も考えていたが「まだ元気です!」と言う声で、そのまま成木尾根の急登を進む事にした。

 左側は、(元)黒指集落の共有林、右側は採石場(奥多摩工業)の管理地で、ピークを二つほど越えると平らな場所に出た。

 此処で成木尾根は左に下って行くが、今回は探検なので、主稜線と分かれ、昔の記憶を頼りに、わずかな踏み跡を辿って、採石場と山上の集落まで足を延ばしてみた。

 採掘の為に昔の山道は削られ、ロープが張られた藪の切れ間からは荒涼とした採掘現場が一望できるが、その高度感は足がすくむ程だ。



見晴らしの良い採石場の上部からの写真

 この採石場は石灰岩の採掘を行っており、以前は、ロープウェイで青梅線宮ノ平駅までを運び(ロープウェイに吊り下がっていたバケットを「ナベ」と言っていた。)、そこから貨車に積み替え川崎へ運ばれていたが、その後運搬はダンプカーに変わってしまった。

 確か昔は、採石場は石山(いしやま)と呼んでいた。
 写真の左側に、「アベさん」と言う大きな家があり、前が広い畑だったが、すっかり削られ崖となってしまった。

 ロープ伝いに集落へ向かうと、突然開けた場所に出た。 下の成木街道から、林道が設けられているが、車道は草が生え、2軒残る家は廃屋同然で昔の面影はない。

 それでも、獣除けの柵に囲まれた畑にはネギが植えられているので今でも耕作は続けられている様だ。

 東の沢側を巻く様に廃屋の脇を抜け、雑草の生い茂る柚子畑で一休み。 南向きの畑はぽかぽかと暖かく、持参したポットから注いだコーヒーの味は格別だった。



昔「くぼ」と言っていた地区?(もしかすると苗字か屋号)の一番奥の家

 柚子畑から少し登ると、黒指と成木の梅ヶ平を結ぶ峠の祠の前に出る。


 ここは先ほど別れた尾根を下って来たところで、再び主稜線に戻ったことになる。

 この峠は、50年ぐらい前までは、採石場へ通う黒指の人が毎日通勤に使っていた事もあり、上分周辺の峠道としては一番良く整備された山道だったが、現在黒指側は雑木に覆われ、道の痕跡も無くなってしまった。

 祠近くの木に「栂(つが)のもと」と「黄楊(つげ)峠」と二つの道標が吊り下げられている。


 これらの名称を上分では耳にした事が無いが、何故その様に呼ばれているのか諸説を調べてみたい。

 主稜線への尾根道は、時々ハイカーが歩くらしく、比較的明瞭な踏み跡がある。


 落ち葉で滑る急斜面をあえぎながら登りきると、葉が落ち枝だけとなった樹林越しに、細田・黒指の集落が見てとれ「あの屋根が我が家だ!」と歓声が上がった。

 この山は、上分から見ると頂を落葉広葉樹林に覆われたどっしりとした山で、四季折々山肌の色が変わり見ごたえのある山と言える。

 黒指地区では「天狗松」と言われる場所で、ここから成木尾根は右に続くが、かなり疲れもたまって来たので縦走を終了して、左に小尾根を下りる事にした。

 此の下りは、樅の風倒木をくぐったり、跨いだりと一段と怪しい道だが、辺り一面「深山シキミ」の群落がある。



最後の頂上となった450mの山。 写真撮影は4月細田地区から。
右の低い部分が祠のある所。 成木尾根は頂上から奥へ南向きに続く。
今回は左の尾根を下りた。 写真の左に伐採用林道が上がっている。

 最後の頂上に「トヤハケ477m」と記された道標が吊るされていたが、この名称も初耳だ。 


 また477mは標高だと思うが、地図で確認すると450〜460mの等高線上に頂上が有るので477mは間違いだと思う!


 小尾根を下ると、数年前に伐採の為に山を削って建設された集材用の林道に出る。
 驚いた事に、林道が杉の若木に覆われてしまっていて道路が見つからない。

 震災の年には多少雑草に覆われていた程度で、道路の形がハッキリしていたのに、その後数年でこんなになってしまうとは、自然の驚異的回復力に感嘆の念を抱く思いだ。


伐採用林道を下る。 伐採前は樹齢100年以上の檜の大木が林立して、昼尚暗い場所だったが、伐採後明るくなり山アジサイの群落が出現した。
林道とは名ばかりで雑草が生い茂ってしまった。


 微かに残る、轍(わだち)を頼りにヘリポート脇から市道に出て、太陽が成木尾根に沈む少し前の3時過ぎ、黒指に到着した。

 お疲れ様でした。

 次は、下分の浅間神社⇒タブの木⇒奥の院⇒変電所⇒四十八曲(峠)⇒細田若しくは黒指で行う予定です。 乞うご期待!

2015.01.30 榎本


「ためしてガッテン」  肝炎検査 体験記

 死亡率1位のがんの中で、4番目に多い肝臓がん。 自覚症状がないまま肝臓が侵されます。

 昨年11月、NHKの「ためしてガッテン」という番組を観て簡単な検査で8割なくせると放送されていました。  そして、一生に一回の検査で良いとのこと。

動画はNHK削除されました。


 患者数が減り、存亡が噂される我地区の南高麗診療所で利用促進のため体験してきました。

1 埼玉県 医療機関での肝炎ウイルス検査


2 埼玉県 肝炎ウイルス検査申込書

 本当に3分程度で終了です。 私は、ついでに「特定健康診査」も行ってきました。 無料でした。

 どうか 飯能市国民健康保険南高麗診療所 をご利用くださいませ。
 所長の合原医師は、肝臓学会の専門医でもあります。
 午後は、往診・訪問診療などもしているようです。

2015.01.23 もんじろう


上分地区の有害鳥獣被害対策の第2報

 1月18日、今度も罠で「猪と鹿」を同時に捕獲しました。

 中藤のわな名人が仕掛けた罠すべてに掛りました。


 猪は、原種の成獣で(イノブタでない)中々捕れないそうです。


罠に掛った猪


二頭同時捕獲の罠名人


 この日名人は、朝方に別の場所でもイノシシを1頭捕獲したそうです。


2015.01.19 どうでいら


有害鳥獣駆除罠に 「鹿 2日で3頭」

 鹿や猪被害に苦しむ上分地区ですが、くくり罠で「鹿二頭」を一度に捕獲しました。

 狩猟は、中藤在住の「わな名人」が細田地区まで出掛けて来てくれました。


 人間が歩けるくらいハッキリついている獣道に罠を仕掛けたところ、1月12日にはメス鹿二頭が一度に捕獲できました。

 翌日には、オス鹿も捕獲されました。


大物鹿を、4人掛かりで急斜面から引き上げる様子 photo:2015.01.12


親子と見られる雌鹿二頭


鹿はユニックを使用し荷台へ引き上げます。


わなを仕掛けた表示。 山に入る場合注意をお願いします。



上分の有害鳥獣被害対策二日目は、雄しかを捕獲しました。


 引き続き「中藤のくくり罠名人」による捕獲が行なわれています。

 罠近くの木に表示がしてあります。


 山の中で獣道あった場合は注目して歩いて下さい。


鹿被害の背景と現状など 林野庁リンク


2015.01.16 どうでいら


山間地域ライフライン確保対策

 昨年2月の3回目の大雪では、最大5日間孤立集落となった当地ですが、倒木による停電や通行不能による集落孤立等を未然に防止するため、被害を与える可能性のある樹木の伐採作業が始まっています。

キリワリの上付近 (ビフォー → アフター)



photo:2014.02.15


photo:2015.01.09


 昨年1・2回目    3回目の大雪記事リンク

2015.01.11 もんじ


明けましておめでとうございます


細田からの御来光 2015.01.01

 今年は、細田からの御来光です。

 前夜、低気圧の通過に伴い細田集落上部の草むらには、夜半に降ったと思われる雪が微かに残っていました。

 東の空には、東京のビル群やスカイツリーが地表に立ち込めたガスの中にシルエットで浮かび、その上に寒冷前線の厚い雲が棚引き、予定時刻より20分遅れで眩いばかりの御来光が雲の上から現われました。

 昨今、日本中の山間地域で過疎化が進み、何百年も続いたそれぞれの地区の歴史や文化が途絶えようとしています。

 限界集落と言う言葉が呟かれる中、上分地区では、「お散歩マーケット」を切っ掛けに、昨年新しい家族の定住が実現しました。

 今年は、消費税やエネルギー問題、更には集団的自衛権など、政治の行く末が心配になる所ですが、今年も「お散歩マーケット」に足を運んで頂き、山奥で頑張る上分を引き続きご支援願います。


 続く2日は、恒例の「元旦祭」が行われました。

 習わしに従って「山祇神社」と「光全寺」に分かれて、それぞれの祭りごとを執り行い、その後自治会館で懇親会が行われました。


元旦の雪が残る道路を、武本宮司を先頭に山祇神社に向う。
同時に光全寺では、吉原方丈により正月の法要が行われた。


山祇神社で行われた、お祓い


市川氏子総代・檀徒総代による新年の挨拶

2015.01.02 榎本


これ以前の掲載分を見る
© 2015 MONJIRO KAMIBUN, Created by Y. Kizaki
うらーほうは上分だ!TopPageへ   上分自慢 YouTubeへ