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黒指の庚申塔

 「切り通し」を過ぎて、黒指へ行く途中の道路の右側には一面六壁、台座に三猿「見ざる、言わざる、聞かざる」を刻んだ庚申塔があります。


2006.05.28


 宝暦9年(1759)の建立で、造立者は「黒指組講中」と彫られています。

宝暦9年(1759)の建立
2006.05.28



いぼ取り地蔵

 細田の頂上、原市場から四十八曲がりで、又は、黒指から山越えで細田に入るには、必ずこのお地蔵様の前を通ります。

 寛政五年(1793)に土地の念仏講中によって造られたもので、俗に「いぼ取り地蔵」と呼ばれて、いぼを取るのに御利益があるとされています。


いぼ取り地蔵


 昔は、お地蔵様まで来ると杉木立が開け、細田地区が一望に見渡せたものですが、今は周りに植林が進んでしまったため、薄暗い中にひっそりとたたずんでいます。

 小さな社(ほこら)の中に数年前まで蛙の置物が置いてありました。

 「いぼ」を取るお地蔵様として古くから信仰されているのに、その蛙の置きものが行方不明です。

 誰が持ち去ってしまったのかまったく持って罰当たりな人がいたものです。


いぼ取り地蔵


 お地蔵様の社の東側にもう一筆神様の登録で土地が存在します。

そこには石の板の神様がありました。
日待塔です。

 その石が割れてしまったことから、現在石板はお地蔵様と同じ社の中に安置されており、元の場所には何の変哲も無い石が1つ寂しく置いてあります。

 これについては、「飯能の石仏」のなかで次のように紹介されています。

 「日待塔と刻んだ供養塔は上直竹上分細田に寛政十年(1798)のものが一基あるだけです。細田中とありますので、集落全体の日待ち行事だったと思われます。」

 今まで賽銭を上げる人はほとんどいませんでしたが、06年は「お散歩マーケット」でスタンプラリーの隠れスタンプを置いたことから立ち寄る人が多くなり、かなりのお賽銭が上がっていたそうです。


 地蔵尊堂の改修

 約80年ぶりに、お地蔵さまの堂が改修されました。 以下のリンク参照下さい。



石神大明神

 黒指の頂上の畑近くに、庚申塔が立てられています。

 笠付一面六臂の見事なもので、宝暦九年(1759年)の造立、俗に石神大明神と呼ばれています。

 拝むと、耳垂れ(耳漏 じろう)の治療に効果があり(御利益があるとされ)、南高麗地区はもとより原市場や名栗、青梅市成木などからも参拝者があったとのことです。

穴の作にひっそりとたたずむ石神様。
穴の作にひっそりとたたずむ石神様。
奉納された石が回りに転がっている。
石神大明神
石神大明神


 耳鼻科に行けばよい薬ですぐ治り、今はなかなか聞かなくなった病名ですが、その昔は大変なことだったのでしょう。

 治癒すると穴の開いた石を奉納する慣わしがあり、現在も周りには奉納されたたくさんの石が積まれています。


奉納された穴の開いた石、ほとんどが石灰岩
奉納された穴の開いた石、ほとんどが石灰岩


 今年(06年)の話で、吾野の北川の古老が「黒指の耳の神様に昔、耳垂れが治る様にお願いに行ったが、お礼参りに行ってないんだよ」と話をしていました。


 細田の馬頭観音・庚申塔

 細田の旧道を登っていくと、右側に馬頭観音があります。

 文政12年(1815)の造立です。


2007.03.05


 これと並んでいるのが青面金剛。

 三猿を浮彫りにした宝暦3年(1753)の庚申塔です。


2007.11.04
2007.03.05


更新 2008.06.25
参考文献:南高麗郷土史/「南高麗郷土史研究会」発行